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専称寺・間宮林蔵墓(筑波郡伊奈町上平柳)
1556年年に開創されたお寺で境内には間宮林蔵の墓がある。間宮林蔵は当寺の伯栄和尚に学び、その才能を発揮し、小貝川の堰き止め工事で認められ江戸に出たとのことである。この寺は林蔵の幼い頃の勉学の場であり、遊びの場でもあった。昭和30年、間宮林蔵の墓は茨城県の史跡に指定されている。また、間宮林蔵顕彰のため、伊奈間宮家、専称寺の協力で、この墓所が保存・公開されている。
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 山門                          本堂
専称寺山門専称寺本堂
 
 鐘撞き堂
専称寺開山堂
 
 間宮林蔵の墓
間宮林蔵の墓この墓石は、1807年(文化4年)に林蔵が 樺太踏査出発に先立って自らが建てた ものです。全長75cmと小さいもので、前面には「間宮林蔵墓」と楷書で刻まれています。これは林蔵の直筆であるといわれています。
まだ、世に出る前のことで、下級武士にふさわしい質素な墓となっている。
 
 間宮林蔵の顕彰碑
間宮林蔵の顕彰碑明治37年(1904年)正5位の贈位をうけたあと、明治43年に建立された。
碑には「先生の功烈愈々(いよいよ)顕れて先生の墓石愈々小也」と書かれています。
 
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